2006年03月17日

花道を待たずして

本題に入る前にWBC。
他力本願になってしまった段階で負けたようなものですが、
可能性はまだまだある。
今はただひたすら祈ります。



では本題へ。
スキージャンプの原田雅彦選手が現役引退。
宮平秀治選手も引退ということで寂しくなります。

よろしければ、追記を。



新聞紙面上には一時代が終わったっていう言葉が躍ってますけども、
葛西、岡部、船木と頑張ってる間は簡単に一時代が終わったとは言えないでしょうね。
でも一区切りになるのは事実。
原田ってのはそれだけの選手でした。
見劣りはするとはいえ、宮平も。



原田は言うまでもなくアルベールビル以降のジャンプ陣の顔
葛西と共にジャンプ陣を引っ張り続けてきました。

宮平は長野直後に開花して日本トップレベルまで登りつめるも、
長野後のルール改正に飲み込まれる形になってしまった選手。


言い換えると、
原田は、栄光と挫折を経験しながらもスターであり続けた選手。
宮平は、屈指の実力を持ちながら脚光を浴びることのなかった選手。
こんな感じでしょうか。

宮平が脚光を浴びることがなかったと言っても、
世界選手権では個人でも団体でも銀メダルを獲得してますし、
W杯でも1勝してます。

それだけの選手なのに、影に埋もれてしまった。
原田というスターがいたから。
ジャンプの選手で皆さんがまず浮かぶのが原田・船木
次に葛西・岡部でこの4人まで、という方が非常に多いんじゃないかと思います。


今回の引退の記事にしても扱いの差は激しいですからね。
まぁ仕方ないんでしょうけども・・・
世紀のスターと一度オリンピックの代表になった男ではどうしてもね。
スキージャンプ自体もかなりのマイナー競技ですし。
原田人気が別格だっただけです。

オリンピック以外では注目を浴びない。

これ、マイナー競技の条件の一個ですね。



最後にどうしても言いたい。
長野オリンピック団体、原田の1本目のジャンプ。
あれは失敗だ失敗だと言われてますが、
そんな単純な原田の失敗じゃない!!

あのジャンプは長野オリンピックのジャンプ競技中で一番最悪のコンディション。
原田が飛んだすぐ後に競技が中断されましたから。

視界は最悪。
雪がドンドン積もって加速もしない。
踏み切りも勘でしか飛べない。


まともなジャンプをしろというのが無茶です。

確かにあの状況でももっと飛べたかもしれない。
ただそれでもあのジャンプは単純に原田の失敗だというものじゃなくて、
全ての悪条件が重なったことと、運営側による競技の公平性の欠如
この2つの要素も相当関わってたことをはっきり言いたいと思います。

今回のトリノではノルディック複合団体ジャンプで公平性を維持するために、
何選手か一度飛んだジャンプが無効になってます。
それくらいしなきゃいけなかった。

だからどうかこのブログを見てくださっている皆さん。
皆さんだけでもあのジャンプを単純な失敗だと思わないでください。
本当にお願いします。



2人の偉大なるジャンパーに敬意を表して。
お疲れ様でした。ありがとう。
わだちでした。
posted by わだち at 00:44| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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原田雅彦((ジャンプ)選手が引退
Excerpt: 「原田雅彦((ジャンプ)選手が引退」に関連するブログ記事から興味深いものを選ん...
Weblog: ブログで情報収集!Blog-Headline/sports
Tracked: 2006-03-17 20:34
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